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純正律と平均律の数理 

現在、ポピュラー音楽の大半は12平均律という音律を使って作曲・演奏されています。この12平均律が採用されるに至るまでに様々な音律が考案されてきた訳ですが、この記事ではその中でも「純正律」と「平均律」を比較し、さらに12以上の大きい数の平均律について、その可能性を考察していきます。
 


目次

 
 

純正律

例えば264Hzの周波数を持つ音と396Hzの周波数を持つ音があるとします。この2つの音を同時に鳴らすと、2つの音は"ハモって"聴こえます。2つの音を比較してみると、「264:396=2:3」というように簡単な整数比で表すことができます。このように2つの音の周波数を比較的簡単な整数比で表すことができる場合、2つの音はハモって聴こえるという性質があります。そのような関係を調和するといいます。
 
純正律は、ある音に対して2:3の周波数比で調和する純正完全5度と4:5の周波数比で調和する純正長3度を組み合わせた音律です。例えばCという主音に対して純正完全5度上のGの音の周波数比は2:3なので、GはCの3/2倍の周波数を持ちます。同様に純正長3度上のEの音はCの5/4倍の周波数です。
 
この2:3と4:5の関係を利用して、比較的簡単な周波数比で表される音を何個か作っていきます。CからFを計算し、GからDを計算し、FからA、GからBを計算します。
詳しい計算は割愛しますが、主音Cに対する周波数比順(音程順)に音を並べると次のような音律ができます。

音名 C D E F G A B C
Cに対する周波数比 1 \frac{9}{8} \frac{5}{4} \frac{4}{3} \frac{3}{2} \frac{5}{3} \frac{15}{8} 2
C=264Hzの場合(Hz) 264 297 330 352 396 440 495 528

(A=440HzにするためにCを264Hzとしました。)
 
短調の純正律や音を12個用意するパターンもありますが、これが純正律と呼ばれる音律の基本の考え方です。

 

純正律の弱点

純正律はどの音も簡単な整数比で表されているので、Cに対する全ての音が調和するようになっています。しかし、C以外の音同士が全て調和するかというと実はそうではありません。E-G-Bという和音とD-F-Aという和音を比較してみましょう。

・E-G-Bの和音
 E:G:B = \frac{5}{4}:\frac{3}{2}:\frac{15}{8} = 10:12:15
 
・D-F-Aの和音
 D:E:G = \frac{9}{8}:\frac{4}{3}:\frac{5}{3} = 27:32:40

E-G-BとD-F-Aはどちらも暗い響きのする短三和音(マイナー)ですが、E-G-Bが10:12:15という比較的簡単な整数比で和音が作られたのに対して、D-F-Aの場合は数字が少し大きくなってしまいました。

このように、純正律は組み合わせによって調和の具合が変わってきてしまうので、主音以外の音への移調や転調が難しいという弱点があります。

平均律

純正律の移調や転調が難しいという弱点を克服するには、どの音から始めても同じような響きになるようにしないといけません。これが、1オクターヴを全て等しい周波数比で分割する「平均律」の発想です。
 
では、1オクターヴを何分割すればよいのでしょうか?音の調和のことを考えるとできる限り純正律の音に近づけたいので、細かく分割すれば純正律に近く可能性が上がりますが、あまり細かくしすぎると演奏が難しくなってしまいます。
先ほどの純正律では1オクターヴに7つの音を並べたので、ひとまず1オクターヴを7段階の等しい周波数比で分割した「7平均律」を考えてみましょう。

 

7平均律

ある音から同じ周波数比を7回経て1オクターヴ上の音になるのが7平均律です。ということは、7回分同じ周波数比を掛け算して2倍の周波数比になるということです。7回掛けて2になる数、つまり「2の7乗根」が7平均律の各音の周波数比です。

7平均律のある音が1つ上の音に上がる時の周波数比
 \sqrt[7]{2} ( = 2^\frac{1}{7}

7等分したそれぞれの音にも、実際の音とはかなり違いますが一応Cから順番に名前をつけていくとしましょう。以下各音と周波数の対応表です。

音名 C D E F G A B C
Cに対する周波数比 1 2^\frac{1}{7} 2^\frac{2}{7} 2^\frac{3}{7} 2^\frac{4}{7} 2^\frac{5}{7} 2^\frac{6}{7} 2
C=264Hzの場合(Hz) 264 291 322 355 392 433 478 528

※小数点以下四捨五入

さて、7平均律の表と純正律7音の表ができたので比較したいところですが、周波数同士を単純に比較するというのはあまり本質的ではありません。音程というのは常に周波数の比で表されるものなので、全ての音程に基準となるを与えていきます。音程の比の定規のような役割をしてくれるのがセント(cent)という単位です。

 

セントについて

1セントとは、1オクターヴを1200段階の等しい周波数比で分割したものです。1200平均律の1音と考えることもできます。1200という細かい目盛りで他の音律の計測を行うわけです。


試しに、純正完全5度のセント値を求めてみましょう。
まず、1セントというのは1オクターヴを等しい周波数比で1200分割したもののため、2の1200乗根(2^\frac{1}{1200} )として表されます。次に、純正完全5度をXセントとしてその周波数比を表すと、2^\frac{X}{1200}となります。この値と元々の純正完全5度の周波数比(3/2)が等しくなるため、等式を作ってXについて解いていきます。

◎純正完全5度のセント値
    \frac{3}{2} = 2^\frac{X}{1200}
 \log_{2}(\frac{3}{2}) = \frac{X}{1200}
     X = 1200×\log_{2}(\frac{3}{2})
      = 701.9550008654……

ということで、純正完全5度をセント値で表すと約701.9550008654セントになるということがわかりました。


続いて、7平均律のGの音(5音目)を求めていきます。こちらは意外と簡単で、「1200という対数目盛りを7等分したうちの5番目」と考えれば単純な掛け算と割り算だけで大丈夫です。ただし5音目の音は基音から見ると4音上がった音なので、1200×4/7という計算になります。

◎7平均律の5音目のセント値
  1200×\frac{4}{7}
   = 685.7142857143……

そして、今求めた純正完全5度に対する7平均律の5音目の誤差を求めると、701.9550008654 - 685.7142857143=約+16.2407151511(cent)ということになります。


同様に純正律の他の音もセント値を計算し、7平均律との誤差を求めます。Cは同じ音に固定するとして、他の6音のセント値の比較は以下のようになります。(小数第5位までの概数)

【純正律と7平均律の比較】

音名 純正律(cent) 7平均律(cent) 純正律との誤差(cent)
D 203.91000 171.42857 -32.48143
E 386.31371 342.85714 -43.45657
F 498.04500 514.28571 +16.24072
G 701.95500 685.71429 -16.24072
A 884.35871 857.14286 -27.21586
B 1088.26871 1028.57143 -59.69729

これが実際どれほどの誤差なのかというのはなかなかイメージがしずらいと思いますが、100セントというのが12平均律でいうところの1半音にあたるので、-59.69729セントという数値はかなり大きな誤差と言えるでしょう。7平均律では、純正律にそこまで近似することができません。(とは言っても、実際に7平均律を採用している地域があります。7平均律は純正律への近似としてではなく、それ自体が面白い音律なのでまた別の記事で取り扱いたい……。)


12平均律

続いて、現在採用されている12平均律が純正律に対してどれほどの近似をするか、見ていきましょう。先ほどと同じような計算により、純正律と12平均律を比較すると以下のような表が出来上がります。
 
【純正律と12平均律の比較】

音名 純正律(cent) 12平均律(cent) 純正律との誤差(cent)
D 203.91000 200.00000 -3.91000
E 386.31371 400.00000 +13.68629
F 498.04500 500.00000 +1.95500
G 701.95500 700.00000 -1.95500
A 884.35871 900.00000 -15.64129
B 1088.26871 1100.00000 +11.73129

12平均律は特に純正完全5度(純正完全4度)への近似値が良く、他の音も誤差が少ない平均律です。先ほどの7平均律の表の誤差と見比べると一目瞭然だと思います。また、1オクターヴに12個という音の数も演奏上問題ありませんから、12平均律が選ばれて然るべきといえるでしょう。

しかし12平均律以外にも純正律に対して良い近似値を持つ平均律がいくつかあり、実際に楽器が考案された平均律もあります。そんな12平均律以外の"良い平均律"を紹介していきます。

12平均律以外の平均律

12平均律以外で、純正律に良い近似をする平均律候補は、19、29、53等です。いくつかピックアップして純正律と比較していきましょう。(数の多い平均律における音名は、最も純正律に近いもののセント値を表示しています。)

19平均律

【純正律と19平均律の比較】

音名 純正律(cent) 7平均律(cent) 純正律との誤差(cent)
D 203.91000 189.47368 -14.43632
E 386.31371 378.94737 -7.36635
F 498.04500 505.26316 7.21816
G 701.95500 694.73684 -7.21816
A 884.35871 884.21053 -0.14819
B 1088.26871 1073.68421 -14.58450

19平均律は長6度(短3度)の近似が非常によく、完全5度や長3度も悪くない値で、実際16世紀ごろから自然発生的に考案されたそうです。

 

29平均律

【純正律と29平均律の比較】

音名 純正律(cent) 31平均律(cent) 純正律との誤差(cent)
D 203.91000 206.89655 2.98655
E 386.31371 372.41379 -13.89992
F 498.04500 496.55172 -1.49327
G 701.95500 703.44828 1.49327
A 884.35871 868.96552 -15.39320
B 1088.26871 1075.86207 -12.40665

29平均律は12平均律の次に純正完全5度への近似が良い平均律です。


【純正律と53平均律の比較】

音名 純正律(cent) 53平均律(cent) 純正律との誤差(cent)
D 203.91000 203.77358 -0.13642
E 386.31371 384.90566 -1.40805
F 498.04500 498.11321 0.06821
G 701.95500 701.88679 -0.06821
A 884.35871 883.01887 -1.33985
B 1088.26871 1086.79245 -1.47626

純正完全5度への素晴らしい近似に加え他の音程の近似も良く、とても優秀な平均律です。ただし、1オクターヴに53個の音があるという音律は非常に演奏が難しく、そもそも1音分の音の違いを判別することも困難です。もし人間がもっと高度な聴力を持っていて、100平均律ぐらいなら聴き分けられる分解能を持っていれば、12平均律ではなく53平均律が採用されていたことでしょう。
 
これらの平均律の他にも、この記事では触れていませんが「中全音律」という音律への近似として31平均律という音律が有名です。

各純正音への近似

平均律を使った純正律への近似の様子をより細かく観察するために、今度は純正律に出てくる各音に対してそれぞれの平均律がどのくらい近似するかを調べます。1平均律から100平均律までを、純正律に最も近く音の誤差の絶対値をグラフにしてみます。

純正完全5度(純正完全4度)への近似

1平均律から100平均律のそれぞれのセント値を計算し、純正完全5度の音と最も近い音を比較した時の誤差(絶対値)を求めます。縦軸に誤差のセント値を取り、横軸に平均律を取ると、以下のようなグラフができます。
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グラフの凹んでいるところが純正完全5度の音に近い平均律です。やはり12平均律で一気に谷になり、その後12を単純に倍にした24平均律、29、紹介していませんが41もかなり良い近似です。そして100までの平均律で最も純正完全5度に近いのは53平均律です。

さてこのグラフの中で、12, 29, 41, 53, ……といったように純正完全5度にだんだん近くなっていく平均律だけをピックアップして、数列を作ります。当然101以上の平均律もあり無限に続いていくわけですが、"純正完全5度により近くなる平均律"の数列は以下のようになります。

1, 2, 3, 5, 7, 12, 29, 41, 53, 200, 253, 306, 359, 665, 8286, 8951, 9616, 10281, 10946, 11611, 12276, 12941, 13606, 14271, 14936, 15601, 31867, 79335, 111202, 190537, 5446238, 5636775, 5827312, 6017849, 6208386, 6398923, 6589460, 6779997, 6970534, 7161071, ……

(オンライン整数列大辞典「A060528」より)
 
オンライン整数列大辞典という、数列を検索できるサイトに載っていました。この数列、よく見ると謎の規則性があり、例えば200平均律から253, 306, 359まではすべて53を足していった数です。同様に、8286から15601まではすべて665ずつ足していった数になります。まだ検討してませんが、おそらく数学的に何かしらの性質があるためだと思います。

ちなみに7161071平均律と純正完全5度の誤差を計算してみると、約-0.00000000029セントになります。これは1オクターヴを4兆等分した音よりも小さい誤差です。
 

純正長3度への近似

同じように、純正長3度への近似グラフを作成するとこのようになります。
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純正完全5度のグラフと見比べると、少し違った雰囲気ですね。細かいギザギザに加え全体に波があるようなグラフです。

こちらも"純正長3度により近くなる平均律"の数列として扱うと、次のような数列になります。

1, 2, 3, 16, 19, 22, 25, 28, 59, 87, 146, 351, 497, 643, 2718, 3361, 4004, 8651, 12655, 21306, 55267, 76573, 97879, 489395, 1055363, 1153242, 1251121, 1349000, 1446879, 1544758, 1642637, 1740516, 1838395, 1936274, 5808822, 7647217

(オンライン整数列大辞典「A060528」より)
 
 

純正長6度への近似

純正長6度への近似のグラフは以下の通り。
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"純正長6度により近くなる平均律"の数列は以下の通り。

1, 2, 3, 4, 11, 15, 19, 95, 232, 251, 270, 289, 308, 327, 346, 365, 384, 403, 422, 1285, 1707, 2129, 3836, 19180, 28981, 32817, 36653, 40489, 44325, 48161, 51997, 259985, 3591629, 3643626, 3695623, 3747620, 3799617, 3851614, 3903611, 3955608, ……

(オンライン整数列大辞典「A061919」より)
 
 

純正長2度への近似

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山と谷の上下がはっきりしたグラフになりました。29から35, 41, 47, 53と綺麗に下がっていき、その後も平均律が5〜6周期ぐらいで近似が訪れるようです。こちらはオンライン整数列大辞典には乗っていませんでした。

純正長7度への近似

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山と谷の感覚が広いグラフになります。平均律が10〜11上がるごとに近似が訪れます。こちらもオンライン整数列大辞典に載っていませんでした。

純正長音階7音への近似

最後に、純正律の長音階7音全ての誤差をそれぞれの平均律ごとに足し合わせた合計を見ていきます。つまり特定の音が近似するものではなく、全体的に純正律に近い平均律を探すことができます。(1平均律から200平均律までを表示)
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やはり12平均律でぐっと純正律に近づき、その後22, 31, 34, 41, 53, 118, 289, 323, ……という順番で近似していきます。

この純正律への近似の方法は様々あり、純正短音階や12個の音を用意した純正律に近似するやり方もあります。今回は純正完全5度と純正完全4度をふたつとも足し合わせてますが、これを同一とみなす方法もありますし、純正完全5度等の重要な調和に対して少しポイントを高くする「重み付き」のグラフを作成しても良いかもしれません。しかしどんなやり方でも、12平均律や53平均律は良い値を示すと予想できます。

さいごに

以上、純正律と平均律の数学的な比較でした。今回100以上の平均律の話をしていますが、当然あまりに細かくしても人間の耳で聴き分けることはできません。演奏面的にも問題が生じるでしょう。また、すごく残酷な事実ですが、どれだけ音を細かく分けても純正律の音を完全に再現する平均律は存在しないので、どこまで行っても結局「妥協」になってしまい、あまりに耳が良すぎても逆に歯がゆさを感じてしまうかもしれません。そう考えると、人間の耳の分解能というのは、ちょうどよく設計されているのかもしれません。

といったところで今回はこの辺で。