微分音アーティストSevishの「Desert Island Rain」という曲について、自分なりの解釈です。
Sevish - Desert Island Rain (313-tone equal temperament)
Sevishは微分音を使って作曲するエレクトロ系のアーティストで、15平均律、19平均律、22平均律、23平均律、53平均律等、様々な平均律を使って作曲をしてます。(「特に22平均律がお気に入り」みたいなことをインタビューで語っていた)。
そんな彼の作品の中でも、2015年のアルバム「Rhythm and Xen」の最後に入っている「Desert Island Rain」という曲はかなり異色だと言えます。使用しているのはなんと313平均律ということで、まずその数の多さに驚きなんですが、個人的には313平均律というあまり研究されていない音律を使っていることに疑問を抱きました。
あまり研究されていない音律とはどういうことか?
12平均律以外の音律では、19平均律、31平均律、53平均律などは、純正律への近似値の良さから長い間研究されていて、それぞれのwikipediaのページが存在するぐらい有名な音律です。また、純正律への近似が目的であれば、例えば純正5度に近い306平均律や665平均律なんかも研究対象になりうるでしょう。さらに、30以下ぐらいの比較的音数の少ない平均律も実験的に使われることが多いといった印象です。
313平均律は、特にこのように研究されそうな平均律に該当しない、全くピンとこない音律なのです。
ではなぜ313平均律という中途半端な音律をチョイスしたのか?冒頭のYouTube動画の概要欄には大体こんなことが書いてあります。
313平均律の中から最もおいしい9つの音を選んだ。
スケールの各ステップ数は以下の通りだ。
53, 12, 53, 12, 53, 12, 53, 12, 53
つまり313種類全ての音を使っているわけではなく、9つの音をスケールとして使っているとのことです。さらに、そのスケールのステップ数(音程)まで教えてくれています。とても親切。かなり規則性のあるステップに見えます。基音を0だとして左から順に足していき、音程らしく表記すると次のようになります。
音程 | 0 | 53 | 65 | 118 | 130 | 183 | 195 | 248 | 260 | 313 |
ステップ数 | 53 | 12 | 53 | 12 | 53 | 12 | 53 | 12 | 53 |
さて、次にこの音程が一体どのくらいの高さを持った音なのか?計算していきましょう。
まず313平均律の隣り合った音は1200(1オクターヴ分のcent値)÷313≒3.834centとなります。もし音程が53ステップであれば、53*3.834……≒203.195centとなります。同じように計算していくと、以下のようになります。
番号 | 音程 | cent値 |
---|---|---|
1 | 0 | 0 |
2 | 53 | 203.195 |
3 | 65 | 249.201 |
4 | 118 | 452.396 |
5 | 130 | 498.403 |
6 | 183 | 701.597 |
7 | 195 | 747.604 |
8 | 248 | 950.799 |
9 | 260 | 996.805 |
こうしてみると、2, 5, 6, 9番目の音が12平均律のD(200cent), F(500cent), G(700cent), Bb(1000cent)にそれぞれ近似していることがわかります。また、3, 4, 7, 8番目の音はそれぞれ250cent, 450cent, 750cent, 950centといった4分音に近似しているようです。つまりこのスケールは基音がCの場合、C, D, Eb-1/4, E+1/4, F, G, Ab-1/4, A+1/4, Bbというスケールになります。Bbが微分音の影響を受けずに独立しているので、響きとしてはなんとなくC Mixolydianに近い印象を受けます。3rdと6thに4分音を取り入れたMixolydianスケールと解釈しても良さそうです。(ちなみに「Desert Island Rain」も基音がC)
このスケールを、この記事では仮に"Desert Island Rain Scale"略してDIR Scaleとでも呼びましょう。
さて、313平均律を53, 12, ……と規則的に分割すると、4分音を使ったスケールにかなり近似することがわかりました。しかし、「それなら24平均律を使って作曲すれば良いのでは?」と思ってしまいます。24平均律なら50cent刻みで音程が取り出せるし、なんでわざわざ313平均律じゃないといけなかったんでしょうか?僕は、その理由を次のように予想しています。
純正律への近さ
6音目の701.597centという音程に注目すると、これは12平均律の完全5度(700cent)に近いというより、純正律の完全5度(701.955cent)に近い音であるということがわかります。完全4度についても同じ近似値です。また、2音目の203.195centは12平均律の長2度(200cent)よりも純正律の長2度(203.910cent)の方に近似させているということがわかります。短7度も同様です。
ということで、24平均律を使うよりも純正律に近い音で鳴らせるということです。
※純正律と24平均律, 313平均律との比較
純正律(cent) | 24平均律(cent) | 313平均律(cent) | |
長2度 | 203.910 | 200.000 | 203.195 |
完全4度 | 498.045 | 500.000 | 498.403 |
完全5度 | 701.955 | 700.000 | 701.597 |
短7度 | 996.090 | 1000.000 | 996.805 |
見ての通り、313平均律の方が24平均律よりも良い近似を取ります。しかし、単純に純正律への近似値だけを考えた場合、例えば53平均律の方が純正律に近い値を示します。313平均律が24平均律より優れているとはいえ、純正律への近さでいうと53平均律には完敗です。なぜ313平均律にこだわったのでしょうか?
ステップ数へのこだわり
ここからは完全な僕の予想でしかありませんが、そもそもステップ数に対しての強いこだわりを感じます。わざわざYouTubeの概要欄に書いてくれるぐらいですからね。53, 12, 53, 12, 53, 12, 53, 12, 53という数字は、この記事にも何度も登場している53平均律と12平均律の53と12を採用したのではないか?と思います。少なくとも、規則的な2つのステップを保って音律を作りたかった意図は間違いなくあると思います。
試しに、24平均律、53平均律、313平均律をそれぞれDIR Scaleに近似させたときの、各音程のステップ数を比較してみます。
※DIR Scaleを作るためのステップ数
24平均律 | 4, 1, 4, 1, 4, 1, 4, 1, 4 |
53平均律 | 9, 2, 9, 2, 9, 2, 9, 2, 9 |
130平均律 | 22, 5, 22, 5, 22, 5, 22, 5, 22 |
289平均律 | 49, 11, 49, 11, 49, 11, 49, 11, 49 |
313平均律 | 53, 12, 53, 12 ,53 ,12 , 53 ,12 ,53 |
こうしてみると、なんとなく法則性が見えてきました。まず、ステップ数には2種類の数しか登場させないというルールがあると考えると、大きいステップが5回、小さいステップが4回登場するので、DIR Scaleに似たものを作るには少なくとも「5n+4m」型の平均律である必要があります(大きいステップをn、小さいステップをmとする)。
そして、どうやらn/mの値が大体4.40〜4.45ぐらいの間に収束してそうです。となると、1つのmに対して1つのnが存在する5n+4mと考えることができるので、313平均律含めそれ以下の平均律でDIR Scaleの近似を満たす平均律は、mの値から考えて多くても12種類しかないことがわかります。
そうすると、ステップ数が53と12になる特徴的な313平均律を選んでもおかしくないような気がします。
Sevishがそこまで計算していたかわかりませんが、313平均律の採用というのは明らかに無作為であるとはいえず、かなり意図的に、なんらかのこだわりがあって使用していると言わざるを得ません。
以上、僕なりのDesert Island Rainに対する考察でした。
おまけ①
Desert Island Rainのスケールを作って遊んだら、まさかのSevish本人にRTされました(ツイート文に間違いがあり、その後訂正済み)。
ということで、313平均律の例の9音スケールをキーボードに割り当てて遊んでいる。C MixolydianでEとAの音がそれぞれ1/4音ずつ上下に分かれたみたいなスケールだ。 pic.twitter.com/wQ9APKOK3n
— 神保洋平 (@yoheijimbo) December 4, 2019
おまけ②
Desert Island Rainの冒頭部分を採譜しました。