何を書いているタイミングだったかは失念しましたが、「名目 (めいもく) 」というワードを変換しようとしたら、その説明欄に「名目 (みょうもく) 」という別の読み方が表示されました。それはそれでへえ〜と思ったんですが、よく見るとその説明欄に面白いことが書いてあります。
名目を「みょうもく」と読むのは『故実読み』というものの一種らしく、さらに例として「横笛」を「ようでう」と読むということが挙げられています。そんな読み方があったとは全く知らなかったのですが、変わった読み方があることへの驚きと、一体いつ「横笛」を「ようでう」と読む文化があったのか?という疑問が浮かびました。ということで今回は「横笛」の故実読みについて掘り下げていきます。
そもそも故実読みとは
『故実読み (こじつよみ) 』の意味を調べると以下の通りです。
漢字で書かれた言葉で,その読み方が古くからの慣用で決っており,字形からの類推を許さない特別なもの。有職故実のうえでは大切なこととして読み方をまちがえてはならないとされた。「有職 (ゆうそく) 読み」「名目 (みょうもく) 」ともいう。『訓点新例』にある漢籍の読み方 (『礼記 (ライキ) 』『文選 (モンゼン) 』など) や,『名目抄』にある「元日 (グヮンニチ) 」「女王禄 (ワウロク〈女を読まない〉) 」「定考 (カウヂャウ) 」などがその例。
ー ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 より
なにやら難しいことが書いてありますが、「有職故実 (ゆうそくこじつ) 」というのは、伝統的な儀式や礼儀等の研究のことです。現代風にいう「マナー」のような言葉だと思ってください。要するに、昔からある慣用に従った漢字の特殊な読み方のことを故実読みというみたいです。
(※余談ですが、「こじつける」の語源は「故実付ける」らしいです。)
「横笛」を「ようでう」と読む?
さて本題の「ようでう」問題ですが、調べてみてもなかなか情報が出てきません。で、歴史的な仮名遣い風に「やうでう」「やふでう」等で調べてみたところ古語辞典でヒットしました。
やうーでう【横笛】
横笛(よこぶえ)。
「横笛」の漢音「わうてき」が「王敵」に通じるのを避けて読み替えたものという。
ー Weblio古語辞典 より
「横笛」は「おうてき (をうてき、わうてき) 」と読むことが出来ます。しかしその読み方が「王敵」を連想させてしまうのを避けるために、読み方を変えて「やうでう(ようでう)」になったということですね。
さてここで、歴史的仮名遣いの読み方のルールに則ると、「やうでう」というのは「ようじょう」というふうにも読めるはずです。なので今度は「ようじょう」という読み方で調べてみると、こちらは現代語の国語辞書に載っているみたいです。
よう‐じょう〔ヤウヂヤウ〕【▽横▽笛】
《歴史的仮名遣いは「やうでう」とも。「横笛 (おうてき) 」が「王敵」に音が通じるとして読み替えたもの》「よこぶえ」に同じ。
ー goo国語辞書 より
これらをまとめると、横笛の昔の読み方 (故実読み) は「ようでう」あるいは「ようじょう」。そして表記としては「やうでう」や「やうぢょう」、あるいは「やうてう」「やうちよう」あたりが有力です。
そしていずれにせよ成り立ちとしては「おうてき」という読みを避けて読み方を変えたという説が有力です。
平調転訛説
「おうてき」を避けて読み方を変えたという説明は様々な辞書に散見されますが、果たして正しい説なのでしょうか?
以下のページでは、この読み方の成り立ちについて疑問を呈しています。
この論文(私的注釈)では、「王敵」を忌んだ読み方として「ようじょう(やうでう)」が生まれたという説 (王敵忌諱説) がそれほど古くないということに着目し、そもそもそれよりも前に読み方自体が存在したとして、その例をいくつか挙げています。そして最終的に、あくまで一つの可能性として、音楽用語の「平調 (ひやうてう) 」が転じて「やうてう」になったのではないか?という説とその根拠を述べています。
僕はこの手の知識が全く無いので、平調が転じたという説に対して否定も肯定もできませんが、少なくとも王敵忌諱説は時系列的に考えるとどうしても後付けのように感じてしまいます。鎌倉時代に存在したという「ようじょう」には何か別の成り立ちがあったというのは間違いないと思います。
横簫転訛説
「ようじょう」の由来を僕なりにも考えてみました。
まず「横」の読み方が「おう」と「よう」で入れ替わってしまうのは、訛りのレベルで十分可能性があると思います。問題は「笛」の読み方の「てき」が「じょう」になってしまっている点です。
この「じょう」の読みの由来としてまず僕が連想したのが「洞簫 (どうしょう) 」「排簫 (はいしょう) 」といった中国の楽器です。これらは横笛ではありませんが、笛の仲間です。この「簫」というのが笛の意味合いを持つ言葉だと仮定すると、横に構える簫はなんと呼ぶのか?と思い、なんとなく「横簫」と検索してみると、次のようなページが出てきました。
色々書いてありますが、都合よく冒頭部だけ抜粋するとこのように書いてあります。
陳焜晋氏の『楽器の復元にあたって』によると「中国の横笛は、時代によって名称が異なる。例えば、邃、横吹、横簫、品簫、曲簫、 横笛などである。〜
つまりここに書かれていることが真であれば、横簫→横笛というように呼び方が変わった歴史があるということです。横簫という言葉がいつ頃中国で使われていたかはわかりませんが、日本語での読み方ならおそらく「おうしょう」。これが訛って「ようじょう」になり、さらに後から漢字だけ「横笛」にすり替わった?と考えられなくもないです。
と、全体的にかなり都合の良い解釈だけで成り立っているので、穴だらけの理論のように思えますが、あくまで一つの説として提唱してみました。
それでは今回はこの辺で。